紫外・可視(UV-VIS)スペクトルは、ある電子がエネルギーの低い軌道からよりエネルギーの高い軌道への遷移する際の光吸収を測定することで得られます。このUV-VISスペクトルGAMESSなどの量子化学計算パッケージで実際に計算することが可能です
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具体的に量子化学計算ではUV-VISスペクトルを得るために、励起状態計算を行います。この励起状態計算は、様々な場面で役に立ちます。例えば、UV-VISスペクトルの予測の他にも、液体クロマトグラムなどの測定波長を決める際や、光反応に使用する効率的な波長を策定する際などにも貢献できると思います。今回は、酸塩基指示薬の一つであるメチルイエローのUV-VISスペクトルを計算してみましょう。

UV-VISスペクトルを計算するには?

量子化学計算では、基底状態の構造に対し励起状態への電子遷移エネルギーを時間依存的な方法で計算します。そうすることで、紫外可視分光光度計で計測される値と直接比較できるUV-VISスペクトル(概ね200~800nm)を得ることができます。この方法をTD-DFT(time-dependent DFT/時間依存DFT)法と言います。DFT法(密度汎関数法)自体が持っている欠点(電荷移動系では再現性が良くないなど)はあるものの、UV-VISスペクトルの予測や帰属には十分使える方法です。
この励起状態計算で具体的に求めるのは、励起エネルギーと振動子強度(oscillator strength)です。最終的に、求めた振動子強度を吸収ピーク(ε)に変換することで、UV-VISスペクトルが得られます。

さっそく励起状態計算をしてみよう!!

まずは、構造最適化計算を行う必要があります。IRスペクトル熱力学的諸量の求め方でも述べましたが、安定化構造でなければ意味がありませんので注意してください。入力ファイルはMoCalc2012を使って作成すると簡単です。MacユーザーはMoCalc2012は使えないので、Avogadroなど他のGUIソフトで入力ファイルを作成してください。

1) Avogadroなどでメチルイエローの構造を構築し、分子力学計算で構造緩和した後、構造最適化を行います。既存の化合物なので、初期構造はPubChemQCなどのデータベースを利用すると良いでしょう。今回は、Firefly(PC GAMESS)を用いてB3LYP/6-31G*レベルの計算をしてみましょう(もちろん、GAMESS(US)で実行してもOKです)。
TD-DFTで計算した場合、理論に”TD-"と追記するのが一般的です。つまり今回は、TD-B3LYP/6-31G*になりますね。
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2) 計算が終了したら、最適化構造を抜き出します。Outputファイルをテキストエディッタで開き”LOCATED”でキーワード検索すれば見つかります。あとは、励起状態計算用の入力ファイルにここで取得したCartesian座標を貼り付ければOKです。

3) MoCalc2012の場合、基本的にJob Typeを「UV/VIS Spectrum」にセットするだけでOKです。
Avogadroの場合は、InputビルダーのAdvanced Setupタブで細かく設定する必要があります。それでは実際にInputファイルの内容を見てみましょう。これまで紹介した内容は省略して、新たに出てきたキーワードについて説明します。
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■ $CONTRLグループ
RUNTYP=ENERGY:計算目的に一点計算(シングルポイントエネルギー計算)を指定します。
構造最適化計算(RUNTYP=OPTIMIZE)が安定構造を求めるのに対し、一点計算では構造最適化を行わず入力した分子座標そのもののエネルギーを求めます。
※RUNTYP=OPTIMIZEを指定すると、励起状態の構造最適化計算を実行してしまうので注意が必要です。
CITYP=TDDFT励起状態計算TD-DFT法を指定します。今回一番重要なキーワードですね。これを指定しないと励起状態計算は実行されません。
DFTTYP=B3LYP: 汎関数を指定します。ここではB3LYPを指定しています。

■ $DFTグループ
B3LYP=GAMESS:B3LYP機能で使用するVWN汎関数を指定します。B3LYP=GAMESSでは、VWN5を使用します。これによりGAMESS(US)と同じになります。つまりBecke + Slater + HF交換(B3)、LYP + VWN5の5つの機能を組み合わせたハイブリッド法を意味します。
一方でB3LYP=NWCHEは、VWN3(VWN1RPA)を使用します。これにより、B3LYPの機能はNWChemGaussianと同じになります(Fireflyのデフォルト) 。Firefly(PC GAMESS)固有のキーワードです。今回はGAMESS(US)と同じに設定しましょう。
なお、GAMESS(US)でGaussianなどと同じB3LYPのVWN5の代わりにVWN3を使いたい場合は、DFTTYP=B3LYPV3と指定します。

※さらにDFTに関してGAMESS(US)との細かい違いを知りたい場合は、下記のFireflyバージョン8.0.0以降のDFTに関する追加ドキュメントを参照してください。本格的な使用を想定している方は、是非一読しておくことをおすすめします。
http://classic.chem.msu.su/gran/gamess/DFT_and_DFT-D.pdf

■ $TDDFTグループ
NSTATE=10:基底状態を除く、励起状態を求める数を指定します(GAMESSのデフォルトは1(最低励起状態のみ))。明らかにワンピークのみを求めたい場合を除いて、UV/VISスペクトルを求める際は10以上に設定しておきましょう

4) MoCalc2012で計算した場合や、後から結果を読みこませた場合はUV/VISボタンをクリックするとスペクトルが表示されます。MacユーザーはWin環境GaussSumからスペクトル表示をさせると良いでしょう。
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5) 左がMoCalc2012、右が
GaussSumで出力ファイルを読み込んだ様子です。MoCalc2012はIRスペクトルの時同様に、実測値を重ね書きすることができます。ここではNISTの実測値を赤で重ね書きしています。強度や半値幅などがわからないので詳細な比較はできませんが、なかなかよい一致を示していますね。
GaussSumで表示する場合は、左軸に吸収ピーク(ε)、右軸は振動子強度(oscillator strength)が表示されます。また、半値幅は両ソフトともFWHMの値を変更することで設定できます。
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なぜメチルイエローは黄色なのか?

励起状態とは、外からエネルギーを与えられ(ここでは光)、もとのエネルギーの低い安定した状態(基底状態)からエネルギーの高い状態へと移ることを言います。基底状態と励起状態のエネルギー差は、その分子特有のものなのでそのエネルギー差以下のエネルギーを外部から与えても当然励起されることはありません。励起に必要なエネルギーに相当する波長をもった光がその分子に吸収され、吸収されずに残った光が目に入り、吸収された光の捕色に相当する光の成分を人間は色と認識します
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吸収される色に対し補色は見える色と言い換えると分かりやすいかもしれません(可視域:波長が380nm~780nm程度の光 )。例えば、赤色に相当するエネルギーが吸収されると、その物体は青緑色っぽく見えることになります。分子はそれこそ複数の分子軌道を持つことから、種々の電子が異なる波長の可視光線に励起され、色々な色調を示すのです。
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したがって今回の計算結果からメチルイエローは380nm~500nmの紫~青系統の光を吸収するため、黄色として目に映ることがわかります(上図はメチルイエローの外観に関するGoogle画像検索の結果です)。つまり、このような方法で合成しようとしている化合物の色を予測することもできるわけです。例えば、呈色剤や着色剤または、発光材料などの分子設計をする際には、スペクトルからこれら物性を予測できるとかなり効率的に研究が行えます。

おわりに

今回は、UV-VISスペクトルを得るための励起態計算の方法について紹介しました。以前紹介したIRスペクトルの計算同様に、実用面でも役立つ計算だとおもいます。また、単に計算化学を楽しむ場合は「何故この化合物はこの色なのか?」を探求するために色々と計算してみると面白いかもしれません。例えば、今回計算したメチルイエローは酸塩基指示薬であり酸性では赤色に呈色します。これは、窒素原子がプロトン化されたカチオンを計算してみると明らかです。ベンゼン環と窒素原子の間に二重結合ができて、長波長の光を吸収し赤色に呈色することを予見できます。時間に余裕のある方は是非色々と計算してみてください。

この記事で使用した計算ファイルを以下に置いておきます。
http://pc-chem-basics.blog.jp/Methyl%20yellow(excited)in.inp
http://pc-chem-basics.blog.jp/Methyl%20yellow(ground)out.out

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