化学に携わっている方なら一度は「 "B3LYP/6-31G(d)" で計算した結果、◯◯◯という結果が得られました。」という記事や発表を聞いたことがあるかもしれません。常に被引用文献のランキングで、この理論(計算手法)/基底関数は上位にランクインしており最も頻繁に利用されているのが「B3LYP/6-31G(d)」だと思います。
dft0
以前、水の構造最適化計算では3-21Gと呼ばれる基底関数を使用し、HF(ハートリー・ホック法)で電子状態を決定しました。またB3LYP/6-31G(d)で計算した場合、水の結合角がHF/3-21Gに比べ実測値に近づいたと思います。
一体、HF/3-21Gとは 何が違うのでしょうか?
 

B3LYP/6-31G(d).....何て読むの?

読み方は、「ビースリーエルワイピー/ロク サンイチジーディー」と呼ばれることが多いです(英語だともちろん数字は英語で呼びます)。(d)の部分を「*(スター)」で書いたりすることもありますが、意味は同じです。
ちなみに*が二個付いている場合は(B3LYP/6-31G**)、B3LYP/6-31G(d,p)と同じ。読み方は「ダブルスター」だったり「ディーピー」と言ったりします。
 

B3LYPがよく利用される理由は?(DFT計算とは?) 

ここで理論(計算手法)の所にかかれてる「B3LYP」とは、「汎関数」(交換相関汎関数)とよばれB3LYP以外にもたくさん存在します。理論で一括りにすると『密度汎関数法(DFT)』と呼ばれています。
dft1
HF法がシュレディンガー(Schrödinger)方程式の解である電子状態を近似波動関数について解く分子軌道法であるのに対し、DFT計算では、電子密度を求めようとします。DFT計算ではシュレディンガー方程式の代わりに、等価なコーン・シャム方程式(Kohn-Sham)という計算を解く必要があります。コーン・シャム方程式ではただ1つの電子の座標を取り扱うため、シュレディンガー方程式を解く場合と比べて圧倒的に速く計算ができます。ただし、この式を解くのにどの汎関数を選択するかで計算結果に大きな影響を与えます。そのため理論のところに ”B3LYP" と汎関数を分かり易く表記します。B3LYPは汎関数のパラメータを決定するのに幾つかの化合物のデータを使っているため、その化合物に似た化合物では非常に良い計算結果を与えます。
B3LYPがよく利用されるのは、他の汎関数に比べ最良の結果を与えるとは言い難いのですが、大きく実験値からハズレることも少なく、いわば優等生的な特徴をもっているからです。 そういった理由からも、初めて扱う系やどういった汎関数を使えばいいのか分からない場合の第一選択肢としてよく用いられます。

基底関数の"6-31G(d)"とは?

前回、基底関数が「電子がどのような大きさや形で、どの軌道にいるのか」を決める関数であることを簡単に説明しました。6-31Gは3-21G同様、スプリットバレンス基底関数系 (原子殻二倍基底関数系(Split Valence Double Zeta Basis Set))と呼ばれる部類の基底関数です。
6-31Gを、3-21G同様に説明すると、内殻軌道を6個のGauss型関数、原子価軌道を内側と外側とでそれぞれ3個と1個のGauss型関数として分けて表現しているということになります。3-21Gより各軌道にGauss型関数を多く割り振っているので、より精密な計算ができますが、当然計算時間が増えます
dft2
最後についている " d " は、水素以外の元素にd軌道の関数を加えたもので「分極関数」(polarization functions)と呼びます。もちろん " 6-31G " だけを基底関数に使用してもいいのですが、電荷の偏りなど十分に説明できていないところがあるので、対象とする系によってこの分極関数を付け加えたりします。
6-31G(d)、 6-31G(d,p)、 6-311G(2df,2pd)など分極関数にもいくつか種類があります。

前回も書きましたが、これらを説明するにはもう少しツッコんだ説明が必要なので、今後、適時説明していきます。

HF法とDFT法の違いは?

HF法では、平均化された電子雲の中で運動している電子を扱っているので、電子間の反発を過小評価していることになります。このように、HF法の近似波動関数で解いた電子状態と実際の値との差を、『電子相関』と呼びます。
HF法では通常、全電子エネルギーの99.5%を算出します。化学的精度(結合距離:0.1Å程度、エネルギー:数Kcal/mol)を得るには、電子相関効果と呼ばれる残りの0.5%が重要になります。しかし、定性的には正しい答えを与えることが多いので、HF法は現在でも良く利用されます(例えば、分子構造や振動数などの平衡構造付近の物性はいい値を、平衡構造からずれた遷移状態、解離状態、励起状態などでは大きな誤差生じる傾向にあります)。
この電子相関効果を正しく記述するために、どのような関数(配置関数Φ)を加えるかで、さらに摂動法や配置間相互作用法などの方法があります(post-HF法)。また、それぞれの方法について配置数を大きくすることで計算コストが増えますが、実際の値に近づく傾向にあることが知られています。
te0
一方 DFT法(コーン・シャム方程式)では、汎関数(相関交換ポテンシャル)を改善することで実際の値に近付けます。これには、古典的なクーロン相互作用以外のすべての電子間相互作用を含んでいるので、 HF法では含まない交換相互作用と電子相関の相互作用が正確な解に対し部分的に考慮されています

HF法では通常、電子相関を含まずDFT法では一部考慮されていると述べましたが、実際の計算に与える影響は以下の様なものが挙げられます。
■ HOMO(最高被占軌道)とLUMO(最低空軌道)のギャップが、HF法では大きく、DFT法では 小さくなる傾向にある。
■ DFT法は、結合エネルギーの過大評価と活性化エネルギーの過小評価をする傾向がある。特に、Van der Waals力(分子間相互作用)のような弱い相互作用では、結合エネルギーの符号が逆転するなどの問題 がある。

ただし、現在も様々な系でDFT計算の有効性が検証され、弱点を改善する汎関数の研究(非結合性相互作用の改善としてMO5、MO6系汎関数などの報告)が行われていますので、汎関数の選択と適用する系に十分注意する必要があると言えます。密度汎関数法についてさらに詳しく学びたい場合は、「 常田貴夫, “密度汎関数法の基礎”, 講談社 (2012)」がおすすめです。

おわりに

今回は、B3LYPが密度汎関数法(DFT)による電子状態計算を示していること、 HF法で考慮されない電子相関をDFT法では一部考慮されていることから、汎関数のパラメータ決定に使用した化合物に似た化合物では非常に良い計算結果を与えるが、実験値にあわせているので対象とする系に注意が必要であることについて述べました。
前回の計算で、水分子の結合角が改善されたのはこのような背景があったのですね。
これでザックリと現在の主流である電子状態計算法 HF法とDFT法について概要がつかめたと思います。さらに詳しい内容については、適時紹介していきたいと思います。 

【関連記事】
HF/3-21Gとは何なのか?

基底関数はどれを選べばいいの?