量子化学計算で最も頻繁に利用されるのが構造最適化計算です。初心者が一番誤りやすいのが「計算が終了したから最安定化構造が得られた」という勘違いです。構造最適化計算は通常、ありえない構造であってもSCFが収束する限り解が求まってしまいます。
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今回は、そういった陥りやすい誤りに触れながら構造最適化について最低限知っておくべきことを紹介します。

1) なにより初期構造が重要!!

最適化計算においてもっとも重要なのは、『初期構造』です。初期構造は完全にユーザー側に任されているので、初心者と熟練者で計算が上手くいく or いかないの差は、大半が初期構造に依存していると言っても過言ではありません。
構造最適化計算では初期構造を起点としたエネルギー計算を行い、徐々にエネルギーが緩和するように原子を変位させて新しい構造を生成するという手続きを繰り返します。
つまり、不自然な初期構造を用いるとそれだけ計算時間がかかってしまいますし、もしかしたら自分の求めたい最安定化構造(グローバルミニマム)ではなく局所的安定化構造(ローカルミニマム)を求めてしまう可能性もあります。求めたい安定構造を取り違えると、実験値と合わないといった問題に直面してしまいます。

2) ローカルミニマムかグローバルミニマムか?

ブタンの構造最適化計算を例に見てみましょう。ここでは、ブタンのC-C結合の回転によるポテンシャルエネルギーの推移を示しています。グローバルミニマム(A)は最も安定した立体配座、ローカルミニマム(E)はやや安定した立体配座、鞍点(C)はこの2つの最小点の間にある遷移状態の立体配座を表します。
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例えば、立体構造(B)を起点とした場合は、グローバルミニマムである立体構造(A)に到達します。一方、立体構造(D)を起点とすると、ローカルミニマムである(E)に到達します。
このように、どの構造から計算を始めるかで求める安定構造の到達点が異なります。いかに初期構造が重要であるかが判ると思います。

3) 構造最適化の完了の確認

計算が終わったからといって構造最適化が完了したとは限りません。アウトプットファイル(.out)を必ず確認する必要があります。以前計算したアセトフェノンを例に見てみましょう。Firefly(PC GAMESS)のアウトプットファイルをテキストエディッタで開き”LOCATEDでキーワード検索してください。最適構造が以下の箇所に出力されています。その一行上”MAXIMUM GRADIENT”がエネルギー勾配の閾値以下(デフォルトでは1.0E-04 hartree/bohr)になっているはずです。
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ちなみに、隣の”RMS Gradient”はエネルギー勾配の平均二乗偏差になります。以前紹介したFiCoというソフトでは計算中にこれらをモニターすることができます。エネルギーが徐々に下がり、25step目で安定構造が得られたことがわかります。アウトプットファイルでは”NSERCH” でキーワード検索するとstep毎のエネルギー値が見れます。
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これらの出力が確認できたら、計算自体は正常に終了しています。しかし、得られた構造が安定構造であるのかどうかは、振動数計算を行って判断する必要があります。以前の記事で少し触れましたが、振動数がすべて実数であれば安定構造、虚数振動が一つあるときは遷移状態の構造であることが判断できます(虚数が複数ある場合は高次の鞍点)。
アウトプットファイルでは”FREQUENCIES” でキーワード検索すると以下のような箇所に振動数が表示されます。画像のFREQUENCY:(赤線)の行がすべて実数であることを確認してください。虚数の場合は数字の横にimaginary numberの頭文字” I “と表示されます(可視化ソフトでは一般的に数値がー(マイナス)表記)。
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「何故、安定構造が実数で遷移構造が虚数なのか?」に興味が湧いた人もいるかと思います。これについては少し数学的な説明とともに今後紹介していきます。今はとりあえず、「振動数は安定構造ではすべて実数、遷移構造は虚数が1つだけ」という認識で問題ありません。
 

4) 良い初期構造を作るには?

最近の分子描画ソフトは優秀なので、分子の自由度が低いものであればそのまま初期座標にしても、概ね安定構造が得られることが多いです。また、X線構造解析データがあるならばそれを用いたり、文献情報や量子化学計算に関するデータベースを利用してもよいでしょう。計算コストの低い方法(分子力学計算や半経験的分子軌道法など)である程度の構造の見通しを立てるのも良いでしょう。
しかし、未知化合物については「求めた構造が本当に最安定構造か?」という疑問が残ってしまうかもしれません。全ポテンシャル曲面(3N-6次元の超曲面(分子中の原子N,直線分子は3N-5))を走査する手がありますが計算コストが非常に高く現実的ではありません。その場合は、候補となる安定構造についてのエネルギー値を比較することが現実的でしょう。
結局アナログになってしまいますが、いかに良い初期構造を速く作れるかは化学者としての『直感やセンス』が重要になってきます。初期構造を考える上では、そういった経験こそが計算の出来を左右します。

5) おわりに

今回は、構造最適化計算において最低限知っておくべきことについて説明しました。求めた安定構造が最安定化構造(グローバルミニマム)ではなく局所的安定化構造(ローカルミニマム)ではないか常に注意を払う必要があること、そのためにはアウトプットファイルや振動数を確認する必要があることを述べました。
これまで計算してきた水分子アセトフェノンの構造最適化計算ではあまり気にしなかったかもしれませんが、さらに複雑な系では原子が増え、自由度が増えた分だけ安定構造を探すのも難しくなり、既存のテクニックだけでは安定構造を求めるのが困難になっていきます。
構造最適化については、今後さらに詳しく“計算のコツ”や“エラーの具体的対処法”(エネルギーが収束しないetc.)を紹介していきます。

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