遷移構造は、これまで紹介してきた構造最適化や振動数計算と異なり時間をかければ必ずしも解が求まるわけではなく、ある程度の技術的熟練度を必要とします。
また、構造最適化の座標データは文献等から比較的入手しやすいのですが、遷移状態の座標データを見つけ出すのは非常に困難です。何故なら、『遷移構造がわかればそれを利用して新しく論文を一報書けてしまうから、あまり公表したくない』というのが実情だからです(極論)。
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 今回紹介する遷移状態データバンク、通称TSDB (Transition State Data Bank)は、そんな量子化学計算で得られた遷移状態のデータが多数登録されています。
 

1) どんなデータが利用できるの?

TSDBは、山口大学堀研究室で開発が進められている国産のデータベースです。反応に係る遷移状態データの他、化合物の最適化構造、電子状態や熱力学に関する計算結果も閲覧できます。現在、TSDB2 INTERNATIONAL(試用版)を無料で利用でき、今後TSDB(製品版)へと移行されるみたいです。
詳しくは(株)TSテクノロジー社のHPを御覧ください。
 

2) 利用方法は?

1) トップページにアクセスし『新規ユーザーの登録』(赤枠①)から無料の利用登録を行う必要があります。
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2) ユーザー情報の入力を行い『ユーザー登録(確認)』(赤枠②)を押すと、ログインIDとパスワードが発行されます。また、登録したメールアドレス宛にメールが届きますので、メール内のリンクをクリックしアクティベーション処理を行うと利用可能になります。
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3) ログインすると検索トップページが表示されます。使用方法は、赤枠③の『使い方』を参照してください。日本語で詳しく書かれているのでここでの詳細な説明は省略します。
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4) 検索結果は、反応式やエネルギーダイアグラムを用いて表示されます。ブラウザ上でJAVAを有効にする必要があります。Chromeを使用している方は、NPAPI (Javaアプレットに必要な技術)がサポートされていないので一部表示されない部分があります(赤枠④)。表示させたい方は、Firefoxなど他のブラウザを使用してみてください。
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5) 計算はGaussian又はMOPACなど(半経験的、非経験的MO計算及び密度汎関数理論(DFT))で行われており、ダウンロードできる形式は.crd, .gjf, .xyz等があります(赤枠⑤からダウンロード)。これまで紹介してきたAvogadroMacMolPltで開くことができますので、そのままFirefly(PC GAMESS)等のインプットファイル(.inp)の作成に利用できます。
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上の図では4,5-dihydroisoxazoleの1,3-双極子付加環化反応の遷移状態を.xyz形式でダウンロードし、Avogadroで表示させてみました。

TSDBについて、さらに詳しい情報はこちらの文献を参照してください。
DOI:http://doi.org/10.11546/cicsj.26.126

3) おわりに

今回は、TSDBという遷移構造のデータベースを紹介しました。これとは別に、QMRDBというデータベースが2016年3月31日に公開されています。2017年02月27日現在689個の遷移状態データが登録されているみたいです。QMRDB の利用者は、データを利用するばかりではなく提供することも期待されています(提供された最適化構造は再計算が行われた後にデータ登録されます)。下の画像はスワーン酸化の脱HCl過程の遷移状態を検索した結果です。
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QMRDBについて、さらに詳しい情報はこちらの文献を参照してください。
DOI:http://doi.org/10.11545/ciqs.2011.0.O4.0
DOI:http://doi.org/10.11545/ciqs.2012.0.2B2b.0


実際にFirefly(PC GAMESS)等を用いた遷移構造の探索方法は今後紹介していきます。遷移状態構造が求まれば、反応の活性化エネルギーや反応経路を計算でき、反応速度も予測することができますので計算化学の利用範囲もグンと広がります。また、引き続き量子化学計算に関するデータベースの紹介も行っていきます。