前回はフロンティア軌道であるHOMO(最高被占軌道)を求め、フェノールとナフタレンの反応を予測しました。今回は、LUMO(最低空軌道)から得られる情報を用いて反応を予測してみましょう。
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1) LUMOを計算してみよう

LUMOは、電子に占有されていない最もエネルギーの低い分子軌道です。求核剤ではLUMOの最も確率密度の高い部分が反応点であると予測できます。

1) それでは早速、量子化学計算を行いGUI上でLUMOを表示させてみましょう。計算はFirefly(PC GAMESS)を用いて、塩化エチルをHF/6-31G(d)で構造最適化してみましょう。計算の手順は前回同様なので省略します。
 

2) MacMolPltMac, Windows両方に対応していますが、ここではWindowsの操作画面で説明します。17番目の軌道に2個のスピン電子数、その上の18番目の軌道のスピン電子数が0個なので18番目の軌道(LUMO)を選択し表示させましょう(17番目がHOMO)。
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3) LUMOのフロンティア軌道は、そのままでは見づらいので分子描画をボール&スティックからワイヤーフレームに変更してください。ツールバーからView >Display Style >Wire Frameで変更できます。
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2) 結合性軌道と反結合性軌道とは?

計算したLUMOの等電子密度図を考察する前に、結合性軌道と反結合性軌道について知る必要があります。
ここで、二つの軌道が相互作用し新たな軌道をつくる際、同位相の重なり(+と+と又は-と-)と逆位相の重なり(+と-)をした二つの軌道が考えられます。これらの軌道に電子が入ると、系のエネルギーはそれぞれ安定化もしくは不安定化されます。そのため、それぞれ新たに形成する軌道は結合性軌道反結合性軌道と呼ばれます。
さらに、「結合性軌道に電子が入ると結合が強まり、反結合性軌道に電子が入ると結合が弱まる」ことを考慮すると、反応の方向性を予測することができます。
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※フロンティア軌道を描画させた際の、赤い領域青い領域は分子軌道の符号が異なる領域です(+と-、波動関数で言えば「位相」)。赤と青の境界は原子が位置している平面に一致し、分子軌道の値がゼロ(節)、すなわちLUMOの電子が存在しないことがわかります。この色(符号)の違いは、後で軌道が重なって化学結合を作る時に重要になります。同じ色同士は混じり合って結合を作ると覚えておいてください。例えば、違う色同士(+と-)だったら互いに打ち消し合いそこに節ができるので反結合性軌道に、同じ色同士(+と+と又は-と-)だったら互いに強め合うので結合性軌道を作ります。波動関数は複素数ですので正負の符号自体には絶対的な意味はありません。

3) 反応を予測しよう

計算した塩化エチルのLUMOは、下図に示すようにC-Cl間が逆位相の反結合性軌道です。求核剤(Br-やMeOH等)はこの軌道に塩素原子の反対側から電子供与し結合を作ります。したがって、この相互作用はC-Cl結合を開裂へ導くと予想さます。
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また、末端メチル基の水素原子は、それと結合する炭素原子との間で反結合性を有していることがわかります。この末端メチル基の水素原子を求核剤が攻撃すると、このC-H結合が弱まると同時にC-Cl結合の開裂も予想されます。
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このように塩化エチルのLUMOを調べることによって、SN2反応(求核置換反応)とエチレンを生成するE2脱離反応の両方の反応を予測できました。
 

4) おわりに

今回は、フロンティア軌道であるLUMO(最低空軌道)を求め、反応を予測する方法を述べました。前回も書きましたが、反応の詳細を検討するにはさらに活性化自由エネルギーなどの熱力学的諸量を求める必要があります。そのためには、反応の遷移状態を計算する必要があります。
残念ながら、遷移構造を見つけるのはこれまで行ってきた計算のように容易ではありません。でも安心してください、これから幾つかの計算を通して、『体験』を積むことで自由自在に反応解析ができるようになりましょう。

この記事で使用した計算ファイルを以下に置いておきます。
http://pc-chem-basics.blog.jp/ChloroEthane.out

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