電子密度を数学的に各原子に割り当てて、原子の電荷を解析することを電荷密度解析(Population Analysis)と言います。電子の非局在化の程度を見積もる際や、ファンデルワールス力のように弱い分子間相互作用の電荷移動の程度を評価する際によく利用されます。
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Firefly(PC GAMESS)GAMESS(US)ではMulliken(マリケン)密度解析Löwdin(ローディン)密度解析の両方の結果が出力されます。いったいこれらはどのように使い分ければよいのでしょうか?と言うのが今回のお話です。

1) 結果はどこに出力されるの?

電荷密度解析の結果は、分子軌道計算を行えばアウトプットファイルに出力されます。ここでは、以前計算した水分子の構造最適化(B3LYP/6-31G*)のOutputファイルを見てみましょう。
結果の出力先はFirefly(PC GAMESS)とGAMESS(US)共に共通しています。Outputファイルをテキストエディッタで開き、"TOTAL MULLIKEN AND LOWDIN ATOMIC POPULATIONS"を検索します。
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Mulliken解析の場合、酸素は8.774個、水素は0.387個の電子を専有しており、電気陰性度からの予測と同じように酸素が負、水素が正の電荷を帯びていることがわかります。

また、以前紹介したMaSKを使えば分子モデル上にMulliken電荷とLowdin電荷を表示することができます。また、ツールバーのResults >Extend Summaryからも両電荷の値を確認することができます。
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2) Mulliken電荷とLowdin電荷どちらを使えばいいの?

一般的にMulliken電荷が使われることが多いです。理由は、共有結合とイオン結合を有する分子両方でMulliken電荷の方が比較的良い結果を与えることが多いからです。

比較すると以下のような違いがあります。
■ Lowdin電荷の方が、電荷の絶対値が小さく見積もられ、結合次数や原子価は過大評価される傾向にある
■ 主にイオン結合を有する分子の場合、Mulliken電荷の方が良い結果を与える
■ 一方、共有結合を有する極性分子については、どちらもあまり変わらない値を与える

実際の比較値を見たい場合は次の文献を参照してみてください。
doi: 10.1016/0166-1280(88)87005-2

各原子上の電子数は実際に観測できる物理量ではないので、一概にどちらが正しいとは言えません。ですので、密度解析で得られた単一の値よりも、それと比較する化合物との一連の傾向をみることが重要と言えます。

3) Mulliken電荷の問題点は?

一方で、Mullikenの電荷は計算に使用する基底関数に大きく依存することが知られています。CCCBDBを利用して水分子の基底関数依存性を見てみましょう。例えば、酸素上のMulliken 電荷はHF/STO3Gで-0.331、HF/6-31G*で-0.869と大きく乖離していることがわかります。
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Mulliken密度解析は、計算で得られた分子軌道と原子軌道間の重なり積分を用いて直接的に電荷を計算します。もともと、基底関数に最小基底関数系(STO-3Gなど)の使用を想定しているので、原子間の軌道の重なりによる電荷密度は原子間に均等に配分されます。つまり、最小基底関数よりも高次の基底関数を用いた場合は軌道の混合を過大評価してしまい、正しい電荷分布を与えないことがあります。
 

4) その他の密度解析法は使えないの?

Mulliken密度解析(MPA)に大きな基底関数を用いるのは適切でないことがわかりました。それでは他に良い密度解析法はないのでしょうか?
MPAの基底関数依存性を解決する密度解析法として、良く使用されているのがNPAです。
NPAは”Natural Population Analysis”の略です。NPAはより化学者の直感に即した形で、可能な限り最小基底で表されるような電子状態を保つように電子密度を割り当てる解析法です。

比較すると以下のような違いがあります。
■ NPA は、MPAにみられる基底関数による値のバラツキが小さい
■ NPAはMPAに比べ、電荷の絶対値が大きく見積もられるためイオン性を過大評価される傾向にある

実際の比較値を見たい場合は次の文献を参照してみてください。
doi: 10.1063/1.449486

実は、Firefly(PC GAMESS)には最初からNPAが実装されているので直ちに使用できます。しかし、残念ながら無償ではありません。
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ライセンスを購入する必要があります(NBO6.0 個人30$, 企業・大学120$/2017年03月06日現在)。このNBOプログラムは、自然結合軌道を計算することでドナー・アクセプター相互作用などを定量的に説明することができます。価格的に余裕がある方は是非導入しておきたいプログラムです。
購入から導入方法、そして具体的な使用方法は今後紹介していきます。

5) おわりに

分子における各原子の電荷は私たちにとって非常に馴染み深い概念ではありますが、それを厳密に定義する方法はありません。密度解析では、用いる方法の特徴をきちんと理解して使用することと、比較する化合物の一連の傾向に着目することが重要であることを述べました。
GAMESSには実装されていませんが、その他の密度解析法としてHirshfeld、Merz–Kollman’s(MK’s)などがあります。それぞれ一長一短があるので他の密度解析法を用いる場合も、その特徴をよく理解して使いわけていきましょう。