今回は「ラジカル化合物」を例に、実際に手を動かしながら計算してみましょう。これまで述べてきたことが概ね理解できていれば計算は簡単だと思います。これまでの復習だと思ってください。
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計算する化合物は、プロピレンからH・(水素ラジカル)が引き抜かれたラジカル種で、理論/基底関数はHF/6-31+Gdで計算してみましょう。まずは、「電子配置(RHF, UHFどちらを選択すべきか?)」と「スピン多重度と電荷(一重項, 二重項, 三重項~?)」を考えてみてください。

それでは早速、プロピレンラジカルを作成してスピン密度を計算してみましょう。 

1) 計算からわかることは?

ここでは、スピン密度の局在性を求めることで反応性を推測することができます。通常、スピン密度が高いところが反応点になります。
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有機電子論の考えに基づけば、プロピレンのアリルラジカルは上図の様に共鳴安定化しており、反応は末端原子で起こるものと推測されます。しかし、事実として電子がどのように流れているという保証はありません。そもそもオクテット則に依る有機電子論では、電子を粒子とみなしているわけで波動性を全く考慮していません。
オクテット則も巻矢印も所詮は便利な暗記術に過ぎませんので、それこそ分子軌道計算を活用しない手はありません。

入力ファイルの作成から結果の可視化までを動画に纏めてみました。ぜひ活用してください。 詳細な手順は本文で確認してください。

2) 入力ファイルを作成してみよう

まずは、プロピレンラジカルの初期構造を作成します。自信がある方は、A)を飛ばしてB)のInputファイルの設定へ進んでください。ここではWindows画面で説明していきます(Macでも同様の操作が行なえます)。

 A) 初期構造の作成
1) ここではAvogadroを使って説明していきます(もちろん他のMacMolPltなどで作成してもかまいません)。ツールバーのペンマークをクリックし、のAdjust Hydrogensのチェックを外します。これで水素原子が勝手に描画されるのを防げます。
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2) まずはのElementをCabonに設定し、炭素を一原子描画します。Bond OrderがSinglet(単結合)になっているのを確認し、はじめに書いた炭素原子をクリックしたまま適当な位置で離すとC-C結合が描画されます。同じ要領でBond OrderをDouble(二重結合)に変更しC-C=C結合を作成します。

3) 後はBond OrderをSingletに戻し、同じ要領で水素(Hydrogen)を付けていきます。アリルラジカルですので、単結合側の炭素原子の水素は2つであることに注意が必要です(青丸で囲った部分)。

4) 次に描画した分子構造をある程度整えるため、分子力場計算をしましょう。のEマークをクリックします。の設定項目から、Force FieldをUFFで計算してみましょう。Startを押してしばらくするとの値がdE=0と安定構造が得られたのを確認し、Stopを押します。これでプロピレンラジカルの初期構造が作成できました。
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 B) Inputファイルの作成
1) AvogadroのメニューバーからExtensions > GAMESS > Input Generatorを選択し、GAMESSのインプットファイルを作成します。Advanced SetupタブからBasisを以下の様に変更し、基底関数を6-31+Gdへ変更します。
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以前、基底関数の3-21G6-31Gdについては簡単に説明しました。ここでは、6-31Gdに+が追加されています。この+は、Diffuse基底関数系と呼ばれます。アニオンやラジカル、励起状態などを計算する際に用いることが多いです。なぜならば、これら化学種は中性分子に比べ電子が核からかなり離れた所に存在する確率が増えるため、広がりが大きな軌道を混合する関数(Diffuse関数)を追加する必要があるからです。基底関数を選択する上での一つの指標として覚えておくと良いでしょう。

2) 次にControlを、Optimization(構造最適化)にします。電子配置はUHF、電荷(molecule Charge)はもちろん0です。スピン多重度は二重項(Multiplicity:2)を設定します。スピン多重度やUHFがわからない方は以前の記事を参照してみてください。
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3) 後は、念のため$STATPTグループの最適化探索の回数を50回程度まで増やしておいてください(NSTEP=50)。また、安定構造の確認のためHSSEND=.TRUE. (図のように.TRUE.を.t.と書いてもOKです)と書いて、振動数計算を追加しておくと良いでしょう。

後は、作成したInputファイルを用いて計算を実行するだけです。Firefly(PC GAMESS), GAMESS(US)両方の入力形式に対応しているのでどちらで計算してもかまいません。ここでは、Fireflyを用いた計算結果で説明します。
計算の実行方法や、安定化構造の確認方法などは過去の記事を参照してください。

3) 結果を可視化してみよう

アウトプットファイル(.out)をMaSKで開き、スピン密度表面を描画させた様子が下図になります。ツールバーの水色のボタン(赤枠①)をクリックすると、サブウインドウが表示されるのでSpin density(赤枠②)を選択します。
後は、好みの描画設定をしてCalculate/Drawを押すとスピン密度表面が描画できます。
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末端炭素の赤で表示される部分が、予想されるラジカルの非局在化を表しています。両末端炭素のラジカル性をよく表しているのがわかります(青色は相対的にスピン電子数が少ないことを表しています)。

次に分子軌道を表示させてみましょう。これまでHOMO, LUMOについては説明してきました。実は、フロンティア軌道には他にも、SOMO(Single Occupued Molecular Orbital)というもがあり、半占軌道とも呼ばれます。ここでは、ラジカル中の電子に半分占有されている分子軌道を指します。
一番エネルギーの高い、23番目の軌道(SOMO)を描画させたのが下図になります。
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例えばラジカルは、SOMOの最も確率密度の高い部分が反応点になります。ここでは、両末端の炭素がそれに当たり、真ん中の炭素(2位)ではなく両端の炭素(1, 3位)の反応性が高いという実験事実とも一致します。(ラジカルに攻撃される分子はHOMOとLUMOの確率密度(各軌道係数の2乗の和)の高い部分が反応位置になります)
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通常、プロピレンに求電子剤が付加する場合、上図のように2位の炭素に求電子剤が付加した化合物Aが優先的に生成します(マルコフニコフ則:二重結合を持つ炭化水素の付加反応に関する経験則)。一方で、過酸化物などが存在するとラジカル付加反応が起きることで、末端炭素に付加した化合物Bを生成します。これは、ここで計算したラジカル中間体が実際に化合物Bを生成することを示した良い例です。

4) おわりに

今回は、これまでの復習も兼ねた計算例を取り上げてみましたが上手く計算できましたか?計算エラーで終了してしまう場合は、もう一度UHFをRHFに間違えていないか、電荷やスピン多重度はきちんと一致しているかなどを確認してみてください。